昭和40年03月19日 夜の御理解
今日は久留米の、光橋先生ん所の霊様のお祭が御座いました。こっからでも私共の長男それに田中さん、それから長女と楽人の方達が向こうから迎えの車が2台参りましたから、2台の車に便乗して分乗してあちらへ参りました。まあ何時ものお祭のことの度に思うのですけれども、本当に女の先生のことですから、まあいうなら細々として、あのお広前を守っておられるわけなんですけれども、本当におかげを頂きまして。
頃先生の信心を頂いておる人達が集うて、やっぱり、あれだけのお祭が出来るんですからね。誰も頼まず心配せず、本当にまああれなりのものではありましても、きちっとしたお祭がやっぱ奉仕されて、愈々神様の働きをお参りするものが感じんわけにはまいりません。前講あの、お祭が済みまして前講を喜代司さんが努めさせて貰いましたが、そのお話の中に、目に見ることの出来ない神様、聞く事の出来ない神様、それを信じていこう分からせて頂こうというんであるから、難しい。
凡夫の私達には難しいと言う様なことを言ってましたけれども、それが様々な体験を通してです、なるほど霊様の実在を、神様のお働きを信じん訳にはいけんと言う様なお話をしておりましたが、中にああしておかげを頂くようになりましてから。ちょうど兄弟4人ですか、自分ともに含めて5人の、いわば結婚式を喜代司さんの、あの細腕ひとつで出した。であの戦災にあって、ここ久留米にきておる方達ですから、もう何にもない中からです。現在の家屋敷を購入させてもらい、現在の工場を経営させて頂いて、段々おかげを頂いて来ておるが、もう本当に不思議な事にです、ね。
その兄弟たちの結婚式、それぞれのしつけをさせて頂いて嫁にやり、又はもろうたりしたわけなんです。自分それから弟それから姉さん、それから妹たち二人。その事を思うただけでもです、その時だけには必ず神様のおかげを頂いておったという事ですね。現在は商売があんまりその調子が良くないんですけれども、こう何とはなしに神様が目に見えないもんですから、やはり不景気だと心が寂しいという。
ところが、あの先日家内がお夢を頂いておった。それがですね、紅白のお鏡餅にですね、なんとお書き下げを頂いておるお夢であった。そのお鏡餅にですね、何と書いてあったかというと、何か万葉集なんかに、あのある歌がないでしょうか、私ちょっとそれを忘れましたけれども。「心は変わっても心の故郷は変わらない」という歌であった。それを家内から聞かせて頂いて元気が出ましたと言うて、今日話しておりました。帰りに車の中でもその事を、ま繰り返し言ってるんですね。
神様がですどうでもおかげを頂かなならんことの為には、神様が必ず働いて下さっておる。ね、それでもどう、そのうでない時にはです、神様の働きが鈍っておる、そこに私共が日頃信心の稽古をさせて頂いてです、たえず私共が大きな願いを持たなければならないかということが分かるですね。例えば自分の責任、それに兄弟たちのやったりもらったりしなければならない、これは親方として自分の責任だと。その責任であるという、思い念というものがです、神様が見通しである。だか、その時に、ちゃんとお繰り合わせを下さっておると云うわけなんです。
ですから、だんだん信心が成長させて頂いてです、もっと尊い事の上にです、もっと大きな事の上にです、止むに止まれぬ思い、例えば御広前なら御広前を中心にして、道なら道を中心にして、これだけは自分の責任と言う様な思い、その念を持って思うたら、その事を神様がおかげ下さるんだというて話しております。目には見えない、聞く事も出来ない、その神様をです、ね、いよいよ信じていけれるというところに私共の幸せがある。信じたいけれども信じられない、そこに寂しさがある苦しさがある。
今日はちょうど県立高校の、発表で御座いましたからお礼に出て来る人、出来なかったと言うてお届けに来る人、ま悲喜こもごもの中にです、おかげを頂いておる。ね、本当に一生懸命の念願叶うて、その自分の思う学校に入れたという人は、本当に有頂天になるほどに喜んでおる。けれどもそれと反対な人はです、まあ親の目から見ればもう本当に、せつないごとある。
けれどもそういう時にですね、信心のある者が神様のおかげをおかげとしてです、はあおかげぞと。おかげぞとこう言い切れるおかげ、そういう信心を頂いておきたい。為には、目には見えないけれども聞こえないけれども、神様の働きがです、間違いないということ。しかもどういう働きの中によりおかげを下さろうとする働き以外にはないということを信ずる以外にはないのです。
例えば今度椛目が、合楽の方に移転を致しまして、それであんな大規模なです、とても私共の考えでは夢にも思わないような御広前が御造営になる事になり、土地の購入がまあ出来たわけなんです。その切っ掛けになったというのは私共の長男が大学を、ね、3回も受験いたしましたけれども、通らなかったという事が切っ掛けになっとるから、有り難いでしょうが。ね。
そこに、教会問題がいろいろこんがらがっておった。それで僕が学院に行って、教師の資格さえとれば良いのならば、僕が学院に入ろうというて、学院に入り、教師の資格を取らせて頂いたから、今度は、どうでもこうでも勝彦を、まあ教会長として、教会設立という事が、そのまあ、願いが叶うという事になって来た。しかもそうした、例えば今の椛目にとっては、そういう夢の様な事なんですけれども、その夢の様な事がです、実現していきおるということ。
もしあれが実現した暁にはです、それが原動力というか、それが元になったのは長男の学校、大学受験がもしあの時合格しておったら、今日の様な問題には全然なってこなかったという事を思うただけでもです、神様のお計らいというものは、どこにあるやら解らないという事が分かるでしょう。但しどういう神様のお計らいがあり、どういうおかげを下さろうとしておってもです、その時の受け心一つなのです。
おかげぞと、これだけの間違いのない神様の、を頂いておりながら、不合格になったのだから、神様の働きには間違いがないのだと、私が言い、思い、長男はそれは泣くに泣けない事であったでしょうけれども、実際はそうではなかったということ。私が言うとおりに、やはり大きなおかげをここから頂けて来たという事。目には見えない、聞こえないけれども、そう言う様な場合にです、この神様をいよいよ現していけれる事の為に、日頃信心の稽古をしておかなければならんかという事が解るでしょう。
これはまたそれとは反対のこと。私の方の光昭達が椛目で友達が6人か、一番上の一軒家の息子さんが非常によく出来るという話しであった。同じ学校を6人受験した。うん。私立の学校を受けたときに、私の方も篠原さんところも不合格になった。目指すところはそこだった。ところが私が神様にお願いをさせて頂いたらですたい、今のあの三井高校ですかね、高校の学校の上にです、もうあの学校いっぱいにあるだろうかと言う様な金光様のご紋です、ね、あの八波のご紋章の旗をこういう風に頂いた。ちょうど飛行機から眺めるような、風で頂いた。
これは、この人達が進む学校は、この学校だと私は思うた。だから私んところの、あの私立高校が出来ておりましたけれども、こりゃあ、光昭お前が進む学校はこれぞと、何故というて、お道の信心は教祖の神様、その方がです、土の中から生まれなさった様な神様ぞと、お前が本当にお父さんの、信心を受け継いで宗教家を志すならば、ね。のいわば学校行ったが一番いいぞと、土に親しめ、いわば茂に一粒の中からです、そのその中にある命をお前の心で感得し。
また学理的にもそれを解らせて貰い、お土を拝める様にもなれ、教祖の信心を頂くためにはもうお父さん達なんか、実はあの泥に憧れの様な念すら持っておるんだと。それを私共はそれを土に親しむ事が出来なかったけれども、お前がそういうチャンスに恵まれておると、お前が目指す所を変えよ。篠原さん所の息子にも、あんたは百姓じゃないかと、それが工業の学校とかなんとかと言いおるか、あの百姓の学校に行きなさいと。
昔農学校と言ってましたですかね、今三井高校なんか言ってます。ね、それがいいと、それに決めなさいとと言うてその、ここの人達のこの友達の5人のグループだけがです、そのここにお願いに来るんですね。そしてその事で信心を進めさせて頂いた。ところがここに今日は不思議な事が起こっておるんですね。私先ほどまた聞きですけれども、その5人が、まあいうならば、あんまり頭が良い方じゃない方なんです。
所がこの5人だけが合格してですね、一番上のここに全然関係のない方は、不合格になっておると話聞いてから、おやおやこりゃ勿論そこにその人に何かご都合のある事であろうけれども、信心がなしに私しゃ落ちたのは、こりゃやっぱりおかげを落としたんだと思いますね。けれども信心があって神様にお願いをして、お縋りをして落ちたのであるならば、是はおかげの元になるという事だから、問題は受け方一つでです、ね。
受け方一つで是をおかげにして行くのが、日頃の信心に物言わせるという事であり、ならここに、お願いに来ておるこの人達、友達5人の場合なんかは、お前達はどうでもこうでも他の高校、私立高校なんかを選ばずにこの学校を選べと、神様がいわば指定この、指定してですかね、その学校に受験させなさった。おかげで見事に合格のおかげを頂いたという事になる、こういう場合のところはです。
なるほど、合格、不合格と、そりゃあ合格したら本当にありがたいのですけれども、信させていただいておって、お願いをしておって、もし不合格であるなら、もっともっと、大きなおかげ、もうどこにどういう御神意があるやら分からない。勝彦の不合格がです、椛目の、そういうような大きな、例えば展開です。おかげの方へ展開していくほど、原動力になったのは、勝彦の事件。
あの時に不合格であったいうことであったから、なるほど神様は見えないけれども、聞こえないけれどもそれを信じて有り難く受けていくという事が有り難い、信心させて頂いておれば、当落、どちらにしてもおかげであるという事が解るでしょ。信心なくしてま、落ちとんなら、やっぱり落ちたのは落ちたのであり、おかげ落としたのは落としたのであり、そこに信心のある者とない者の違いを感じるんですね。
おかげを頂かなければなりません。